古田肇岐阜県知事

村瀬幸雄リトアニア名誉領事

金子政則八百津町長

山崎史郎駐リトアニア日本国大使

ご列席の皆様

 

この特別な折に皆様にご挨拶申し上げることを嬉しく思い、また、日本人杉原千畝の偉業を高く評価していてカウナスのまさにこの建物で80年前に命のビザが発給されたことをご存じの日本の方々に、皆様を通じてご挨拶することを光栄に思っています。

今年、このパンデミックが私たち皆にもたらした試練によって、連帯や工夫とは何かということを今一度考えさせられました。この試練は皆に影響を及ぼしました。まるですべての扉が閉ざされたようでした。近年は全世界から、特に日本から人々が押し寄せていた杉原ハウスも空っぽになりました。20年前に杉原「命の外交官」基金を設立した私たちの努力がこのように大きな反響を得たことを喜んでいましたが、検疫強化が、このユニークな場所を維持していく上で、また一つの大きな試練となってしまいました。

博物館が苦境に陥ったことを知り、杉原千畝の記憶を同じく後世に伝え、既に長年にわたりカウナス及びリトアニアとの交流を促進している岐阜県、在岐阜リトアニア名誉領事館及び八百津町は、杉原ハウスの維持及び活動継続のために支援を決断してくださいました。

私たちはこの支援に大変感銘を受け、心より感謝しております。この支援が無ければ、私たちは本当に存続困難な状態に陥っていました。

 

リトアニアには「不幸な時こそ友が分かる」(まさかの時の友こそ真の友)という諺があります。この支援、そして日本の方々の助けは、日本に私たちの真の友がいることを示しています。この困難な時に、私たちの友人たち、そして全く知らない人々も寄附をしてくださいました。かなりの金額の寄附もあれば、少額の寄附もありました。

杉原千畝の記憶を維持していくために、人々が自分の時間やお金や労力を捧げるのは素晴らしいことです。この行動がその人々を変え、その人々が世界を変えます。

人々の寄附は、その金額によらず、真心という意味で非常に大きいものです。聖書でも言われています。

「よく聞きなさい。あの貧しい寡婦は、賽銭箱に投げ入れている人たちの中で誰よりもたくさん入れたのだ。皆の者は有り余る中から投げ入れたが、あの婦人はその乏しい中からあらゆる持ち物、その生活費全部を入れたからである。」と。

また、私の記憶にはトーラーの一説も刻まれています。「一人の命を救う者は世界を救う。」杉原千畝もツヴァルテンディクも世界を救ったわけではなく、一人一人を、子ども一人一人を救いました。それでもなんと多くの世界を救ったことでしょう。

そして、これを静かに自己犠牲で行いました。まるで聖書かトーラーか、侍の心得に従っているかのように「善い行いは隠れて行う」と。彼らは人として当然の行動を取っただけで、偉業を成し遂げるとは思っていなかったのです。

一人の人が、人としての義務、神の前の義務を果たすことによって、世界を救うことができるという杉原千畝の教えを学ぶことは非常に重要です。しかし、これを理解し評価する(あるいは理解せず評価しない)のは未来の世代だけです。しかし、果たしてこれが一番重要なことでしょうか?

もしこのように奇跡があるとすれば、それは技術や権限ではなく、人の心や隠れた人道精神に関わるものだと思います。自分は精密科学専門ですが、重要なのは統計よりも人の信念であり、それに多くがかかっていると思います。

記憶と忘却のバランス、正義と和解のバランスを探す外交的任務は理解しますが、また同時に、人の心の中でも常に妥協と高潔のせめぎ合いが起こっています。いずれにせよ、疑いなく、これは民族や文明の間の橋を建設できる資材です。これが相互理解を可能にする共通分母となっているのです。

日本の友人の皆様、救いの手を差し伸べてくださり、ありがとうございます。また、日本とリトアニア、日本とヨーロッパの間の橋を作ろうとしている努力を杉原「命の外交官」基金の活動の中に認めてくださったことに、もう一度心より感謝申し上げます。これは名誉であるだけでなく、強さを与えてくれるものであり、ご期待を裏切らない責務を負い、意義ある将来への信念を強固なものにしてくれます。

本当にありがとうございました。